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ファッションが人を不愉快にさせる時

誰が正しくて誰が間違っているのかを一体誰が決めるのだろう?今日、ファッションは、単にそれを求める人たちだけのものではなくなっている。それは、生活のほぼすべての面に浸透してしまっているのだ。たとえば、ヨーロッパの空港はかつてはタバコや香水を売る雑貨屋のような免税店に占領されていたものだが、今では、ダッチ、シャネル、ヒューゴーボス、DKNY、ゴルチエ、パワーといった高級ファッション店がひしめく。ヴェルサーチ、トッドーオールダム、イタリアの高級ジュエリー店ブルガリなどは、ホテル内展開を進めてきた。二〇〇二年一月のパリーファッションウィークの期間中には、世界初の超高級携帯電話機メーカー、ハートウ社が、うなるほどお金のあるファッションーアイテム向けに、プラチナやゴールド、宝石、スチールをあしらった一台二万ドル以上もするハンドメイドーラインを紹介している。さらに、ファッションは私たちを宇宙までも追いかけてきそうだ。ドナテッラーヴェルサーチは、二〇〇〇年を通じて、ある交渉に当たっていた。ロシアの宇宙計画に七五万ドルを支払い、新たな宇宙服のデザイン権をものにしようとしていたのだ(契約は成立しなかったけれど、ミンクの襟付きの金色スーツに身を固めた宇宙飛行士が太陽系を漂う様子が目に浮かぶでしょう。おめでたい私たちは、日々、知らず知らずのうちに消費者兼使徒という役割を進んで果たしつつ生きているのである。