私が最近知り合ったアメリカ人のある作家は、ベテランのヨットマンでもあり、夫婦で太平洋を5年かけて回っていた。格別熱心なサイクリストというわけではないけれど、彼らの木造クルーザーのなかには、2台の自転車が分解されて収まっていた。文学、音楽、考古学、そればかりかワインやスカイダイビングにまで精通する氏は、「サイクリングは瞑想だ」と言った。確かに自転車旅では、考えることが多い。もちろん机上で書類でも作るときのように思考作業を行なっているわけではないが、一定のペダリングを行ないながら、近づいては後ろへ消え去っていく風景のなかで、特有の気分になることは事実だ。
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それは「たくさん考える」という方向ではなくて、「余分な考えを捨ててゆく」というような方向での思考だと思う。頭脳ではなくて身体で考えるとこうなるだろう、という感じだ。20世紀末から、われわれは異様に情報量の多い世界を生きている。しかし、そのなかで本当に必要な情報は片隅に追いやられている。図書館にあるすべての本の情報をハードディスクに収めることはいずれ可能になるだろうが、そのPCのなかからあなたの人生を実りあるものにするために必要な本を選ぶことは、あなた以外にできない。